現実を受け入れてください。人類の全滅のときに当事者になることを・・・
経営について、新型コロナ対策を求められても、私自身、ビジネスのことより人類の問題だとこの問題を捉えています。命あってのビジネスです。人生です。もっと危機感を持って欲しいのです。シンガポール・NYからの私の同僚からの情報はマスメディアの報道よりリアリティがあり信頼できます。唯一、連絡の取れるNY在住の友人の話だと「広がるまであっという間」だったと言っています。
多くのNYで働いていたときの同僚とも連絡が着きません。
数人の同僚やその家族に電話・SNS・メールでは連絡がつかないのです。これはある意味世界大戦のようです。日本の田舎は安全かもしれませんが、世界の人々が平和でなければ私たちも平和に暮らせないのが今の世の中です。
ウイルスは、進化しているようです。長野県にいるとそれらのすべてが対岸の火事をようにも感じているかもしれませんが。もちろん、松本の夜の街など外出が少なったのも感じます。しかし、NYのあの光景は、やがて東京に移り、日本がどうにもならなくなった頃に長野にやってくるのではないでしょうか?
脅かしてすいません。
そんな覚悟をして、今という刹那を楽しみましょう。私たちが今できることは、新型コロナを侮らないで、感染しないことです。そして、長野県を守ることです。国や行政の対応を待っていてはいけません。そして、今、自分ができることを最大限のことを行えればいいのではないでしょうか。いつもならできない大切なことをしましょう。
家では、家族と楽しみましょう。社内ではいつもできない「仕事って」とか、「人生って」なんかテーマで話し合ったらどうでしょうか?
今という刹那を楽しみましょう。
多くの人は、いつか幸せになることを夢見て努力します。ですから、「今」の幸せを感じられません。すなわち不幸な人生を送ることになります。不幸だと共同体に奉仕することもできず、他人のために行動することもできません。経営計画は、自社の課題や将来性を探すツールです。目標設定とは。今、満たされていないから目標があるのです。それでは幸せを感じられないでしょう。「今、この時、この瞬間」、幸せを感じなければなりません。「刹那」とは一瞬のことです。私は、古いバイクをレストアしたり、林道で走らせたり、フライフィッシングをしています。仕事から離れると少年になります。人生は一度しかありません。そして、いつか終わりが来ます。毎日が自己の終焉の時と考えて後悔のない人生を生きることができなければ、「いい会社」をつくることはできないのではないでしょうか?凡人の私には、時間を大切に生きることしかできないのです。