嫌われる勇気を読んで、アドラーの哲学を学びませんか?
先日、経営コンサルタントとお茶をしているときの話です。私も尊敬する知的で論理派の彼は、私のメルマガの購読者で、先週のメルマガの「ニーバーの祈り」のフレーズを気に入ってくれたそうです。そして、私は、以下の書籍を彼に推薦しました。私がニーバの祈りをクリスチャンのくせに、 岸見一郎先生と古賀史健先生のこれらの著書で初めて知ったからです。そして、私は今の自分に新しい課題を見つけ挑戦する勇気を獲得しました。アドラーに関する岸見一郎先生と古賀史健先生の著書を「自己啓発本」というのは、ある意味で「違うかな〜」とすら私は思います。D・カーネギーの人を動かす 文庫版もスティーブン・R・コヴィーの完訳 人格主義の回復もこのアドラーに影響されたそうです。しかし、アドラーの哲学は素晴らしくそして、私の心にフィットします。
嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え 岸見一郎(著),古賀史健 (著)のアドラーの哲学を学ぶとマーケティング見えてくる。というか経営が見えてくるような気がしました。更に深く読み込むと「人間とは?」や「「人生が何をするべきなのか?」が見えてきました。そして、幸せになる勇気――自己啓発の源流「アドラー」の教えIIまで読み込むと自分の今までの生き方を捨て勇気がみなぎってきます。変化を受け入れること、それは今までの自分との決別。更に「自分を消す」という困難なテーマの追求なのです。
・・・そんな会話を私は、同業のコンサルタントに話しました。
「ニーバの祈り」とは?
まず、このニーバの祈りとは、私のフランクリンプランナーの手帳に書き込まれている言葉の一つです。人間は、「自分が変えられないこと」に執着していますね。たとえば、新型コロナ対策は、まず、「疲れを取り、体力をつける」・「清潔にする」「多くの人に近づかない」などなど自分のできることは限られています。ですがそれをひたすらやっていくしかないのです。そして、それによる自社の影響や世界経済は自分では変えることができません。そうわかっていれば、「自分が今できることはなにか?」とまず、そこにフォーカスして楽しく生活するべきなのです。また、「社員がやる気ない」。これも社員の考え方を変えることを経営者はできないのです。変えられるのは自分だけ3です。人間が変わるときは、今までの自分を葬り去らなければならない。その勇気がなければなんにもできない。つまり、アドラー流に説明すると「変えられないものに怯えて」「自分を変え勇気を持たない」と人は変化ができないということになります。
神よ、変えることのできないものを
静穏に受け入れる力を与えてください。
変えるべきものを変える勇気を、
そして、変えられないものと
変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい。
哲学を経営に
企業理念とは、ドラッカーは大切にしていましたが、現在のアメリカ企業では、ミッションの方が重要視されているような気がします。企業理念をアメリカ英語にするとCorporation Identity(コーポレートアイデンティティ)いわゆるCIになるのではないでしょうか? Google翻訳では、Corporationp Hilosophyとなり、「企業の哲学」となります。哲学とは、ラテン語ではフィロソフィアといいます。語源をたどると「愛智」になるそうです。ですから「智を愛すること」となるようです。であれば企業経営者はこの事を智(物事をよく知り、わきまえている。ものしり。かしこい。)を愛するということになります。そして、アドラーは「哲学は学べない」と説いているそうです。つまり学ぶものではなく、哲学していくものだということです。私も企業理念を遂行することを学ぶことはできても企業理念を学ぶことはできないのではないだろうかと考えるのです。それは、京セラ稲盛和夫さんが説くように「正しい考え方」+「熱意」+「能力」には、学んでも学べないものがあります。学べるのは、能力と正しい考え方を学ぶことはできても、それを死んでも選り抜く意志力のような熱量である「熱意」を果たして人は学べるのでしょうか? 疑問です。そして、「神よ、変えることのできないものを静穏に受け入れる力」とは、学ぶより訓練が必要で、「愛智」であれば、学び続ける。自分の未熟さを常に知るということになります。そして、「変えるべきものを変える勇気を」も同様に学んながら自分を捨て去り変えるべき自分を学ぶ必要が死ぬまであるのを知ることができます。
世界地図の真ん中は私たち
人間は、一人では生きられない。新型コロナの発祥地の中国人も彼らがいてくれたから新型コロナを知ることができた。自分が世界地図の真ん中にあると、他人のことは見えない。社員のことも顧客のこともサングラスをかけて見ていることになるのです。まず、社員や顧客、たとえ妻でも子供でも、あなたは変えることができないのです。コントロールしようとすると弊害が生じます。まず、「変えるべきものを区別する賢さを与えて下さい」とニーバが願うように、「あなたも願ってみては如何でしょう」。そして、企業経営の哲学を学び、それを実践し続けては如何でしょうか。組織とは「人々が幸せに暮らす」ためのものです。そして、組織とは互いの価値を多様化の中で成立する共同体と私は考えます。その共同体を「私」ではなく「私たち」という主語で運営されなければいけなのではないでしょう。「損した」「儲かった」という次元で物事を捉えていては、会社は存続できても「幸せ」を感じることはできないのではないでしょうか?
新型コロナの影響を受けている経営者様へ
とてもつらいでしょう。一所懸命正しい経営をしていても他処できないこともありますよね。税理士は、特別借り入れや・助成金などのお知らせをしていますが、まだまだ先が見えないところで、それらに手を出すことも躊躇されている経営者様もいらっしゃるでしょう。でも試練は人を大きく、そして強くしてくれます。もう少しすると私阿智の経営にも影響が発生するでしょう。しかし、私はわたしの今できることに集中します。どうか、今苦しんでいる経営者様がいらっしゃるのなら、どうにもならないことに悩まされないで、こんなときこそ読書してアドラーを学んでみませんか?
よかったら、顧客という世界地図でマーケティングするもお読みください。